野辺地町って
どんな町?

どんな町?

のへじ北前文化と日本遺産認定のまち

野辺地町は、青森県下北半島の基部、陸奥湾の湾頭に位置する町。江戸時代に盛岡藩の港町として発展し、古くから交通の要衝として栄えました。
北前船の寄港地のひとつで、領内の大豆、銅、鰯〆粕などの物資が、西回り航路により蝦夷、北陸、瀬戸内海、関西などの港町に積み出しされていました。当時の野辺地の港には七百石から千二百石の船がひしめき、町には堂々たる大店をかまえる豪商が軒を並べていたとか。
町には数々の遺産や祭、文化が残っており、歴史を身近に感じることができます。

野辺地町ヒストリー

海運網が整備された江戸時代中頃になると、かつて大坂(大阪)から蝦夷地(北海道)まで年一往復で結び、日本海沿岸の港に寄港しながら各地で特産物などの取引をして活躍した「北前船」が盛岡藩の北の玄関口である「野辺地湊」にも訪れるようになりました。

  • 1. 北前船

    そうして野辺地湊は北前船の寄港地として有数の商港となり、野辺地内には北前船を所有する豪商も現れました。

  • 2. 野村治三郎

    中でも、野辺地の廻船問屋「野村治三郎」家は、江戸時代から明治中頃にかけて北前船5艘前後を所有し続けた北東北を代表する大船主で、船が安全に出入りできるよう野村家によって1827年(文政10年)に建てられた浜町の常夜燈は、北前船の寄港地として栄えた歴史を伝える町のシンボルとして、現在も陸奥湾を静かに見守っています。

  • 3. 浜町の常夜燈

    また北前船が上方からこの町にもたらしたものは物資だけではなく、文化・芸術・言葉など多岐にわたるものでした。

  • 4. 茶粥

    その一部は、京都祇園祭の流れを汲むとされる優雅なお囃子の「のへじ祇園まつり」や、精進料理を基本としながら野辺地独特の食材が加味され完成された郷土料理、そして「茶粥」など現在でも野辺地町のそこかしこにみられ、大切に守り伝えられています。

かつての一大寄港地として栄えたまちなみを色濃く残し、北前船によりもたらされた文化をおおらかに受け入れ、海・山・川のある豊かな環境のもと、唯一無二の文化や生活として独自の進化をとげたまちが、この野辺地町なのです。

野辺地町の遺産や祭、文化など

  • のへじ祇園まつり

    北前船によって上方から伝わったとされる祭礼行事です。盛岡藩の祭りの形態も見られることから、海と陸の交流拠点である野辺地ならではの山車まつりです。 (町指定無形民俗文化財)

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  • 浜町の常夜燈(じょうやとう)

    船が安全に出入りできるよう文政10年(1827)に野辺地の北前船主野村治三郎によって建立されました。北前船の寄港地として栄えた歴史を伝える町のシンボルです。(町指定史跡)

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  • 末社金刀比羅宮本殿(まっしゃことひらぐうほんでん)

    北前船の海上安全を祈願するために町内の廻船問屋たちによって、文政5年(1822)に勧請寄進された社です。優れた彫刻が各所に見られます。 (県重宝)

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  • 旧野村家住宅離れ(行在所)蔵付き

    現在の野辺地町役場敷地内にある行在所は、北前 船で財を成した豪商野村治三郎の別邸です。明治9年(1876)に明治天皇が巡幸された ときに宿泊されました。明治23年(1890)の大火で焼失後に同 一設計で再建されました。 (国登録有形文化財【建造物】)

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北前船関係資料群

  • 九星客船帳(きゃくせんちょう)

    船宿を営んでいた五十嵐家の江戸時代から明治初期までの顧客名簿です。野辺地湊への入船記録や、どのような物資が運ばれてきたかなどを具体的に示す貴重な史料です。 (町指定有形文化財)

  • 野村家文書 (のむらけもんじょ)

    北前船で財を成した野村家の古文書です。仕切り状、北前船で寄港する各地の商人との取引記録等が残されています。

  • 和磁石(わじしゃく)

    自船の位置と進行方向を知るために北前船で使用されていました。

  • 船箪笥(ふなたんす)

    北前船に積み込まれていた箪笥。取引に必要な帳面や往来手形等の貴重品を入れていました。船箪笥は水の侵入を防ぐ桐材で作られ、船が沈んでも水に浮くようにできています。

  • 仙台屋永記録(せんだいやえいきろく)

    船問屋・仙台屋彦兵衛家の業務手引きです。北前船の構造や計測法のほか、取引内容や税金徴収方法なども記載されています。

北前船が運んだ石造物

  • 北前船船乗りの墓及び擬宝珠(ぎぼし)(西光寺)

    ●北前船船乗りの墓 野辺地湊までの航海中や在町中に亡くなった北前船船乗りの墓です。 ●擬宝珠 各地の北前船主達が寄進した擬宝珠です。

  • 愛宕公園の石畳

    この石畳は、かつて本町の道路に敷かれていました。石の産地は瀬戸内海の小豆島で、船を安定させるために船底に積まれた石(バラスト)として、北前船により運ばれてきました。

  • 常光寺の常夜燈と手洗石

    6代目野村治三郎の持船によって積まれ運ばれてきた御神燈です。瀬戸内海から運ばれてきた手洗石もあります。

  • 野辺地八幡宮の御神燈

    北前船主・野村家を中心とした商人等によって建立されました。この御神燈には、いつ、どの船で運んだか刻まれています。

  • 西光寺の手洗石

    「加州橋立(石川県加賀市)」の承認・小餅屋六兵衛と、野辺地の商人・西村金之丞によって建てられました。手洗石は年代が記載されておらず、いつ頃寄進されたものか、残念ながらわかりません。

町について

町章

野辺地の頭文字である「の」の字を表徴するとともに、 躍進を連想させる波頭をあわせ図形化したもので、躍進、発展、団結を表現したものです。
(昭和36年11月24日制定)

町の花「はまなす」

海辺に咲く花「はまなす」は、丈は短いが強い浜風に耐える様は、横に手を伸ばし輪(和)を広げているようです。
歌人石川啄木が「潮かおる北の浜辺の砂山のかの浜なすよ今年も咲けるや」と詠んだように、北のまち野辺地のイメージに あいます。

町の鳥「かもめ」

日本最古の灯台といわれる常夜燈を眼下に水面を悠然と飛ぶ「かもめ」は南部藩の商港として 栄えた野辺地町にふさわしい鳥です。
「のへじ夏だよ 潮路のかもめ」と野辺地音頭にも歌われ、親しまれており夏祭りの海上渡御に 飛び交う 「かもめ」は町のみなぎる活力を感じさせます。

町の木「さくら」

町民憩いの場である愛宕公園の「さくら」は私たちをいつも心優しく見守ってくれています。
当町が分布の北限にあたる公園内の「エドヒガン」、西光寺の「シダレザクラ」はいずれも町指定天然記念物となっており樹齢250年をかぞえ、毎年みごとな花をつけ、町のシンボルとなっています。

友好都市 埼玉県久喜市

(提携の経緯) 明治26年に、久喜市出身(旧菖蒲町)で日本初の林学博士である本多静六博士の進言によりJR東北本線・野辺地駅構内に日本初の鉄道防雪林が誕生しました。
この防雪林の100周年記念式典が平成5年に野辺地町で開催され、菖蒲町が式典に招待されたことがきっかけとなり 両町の交流が始まりました。
その後、平成9年に野辺地町の町制施行100周年記念事業に併せて友好都市提携の協定が結ばれました。
現在では、お互いの産業祭やイベントに参加するなど、産業面での交流を図っています。

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